「お金持ちになりたいならマイクロ法人を創ろう」。そんな見出しで、法人化のメリットを16個並べた画像がSNSで出回っています(2026年9月時点の表記)。社宅、交際費、退職金、会社ごと売却——並べると、法人化しない理由が見つからないほどです。
この記事では、その16項目を大手監査法人(Big4)出身の目で1つずつ検算しました。画像そのものは転載せず、項目の趣旨だけを取り上げます。
先に結論を書きます。
そして、16項目のどこにも書かれていない「社会保険料」と「毎年の固定費」こそが、法人化で得をするか損をするかを決めます。記事の後半に、あなたの数字で得か損かを出す計算ツールを置きました。
16項目の判定表
| # | 画像の主張(要旨) | 判定 | 検算メモ |
|---|---|---|---|
| ① | 所得を分散して税負担を抑えられる(個人は最大約55%、法人は約23%〜) | △ | 数字は正しい。ただし法人の約23%は所得800万円以下の部分の話で、それを超えると約34%【推定・東京23区の場合】。法人から個人へお金を移す段階でも課税される(⑪)。 |
| ② | 自宅を役員社宅にして家賃を経費にできる | △ | 仕組みは正しい。役員が負担する家賃は、固定資産税の課税標準額から出す「賃貸料相当額」でよい。ただし床面積などで「小規模な住宅」に当たる必要があり、それより大きい借上げ社宅は「支払家賃の50%」以上の負担が必要になることがある。豪華な社宅は対象外。自己負担10〜20%は小規模な住宅の場合の話。 |
| ③ | 交際費を年800万円まで損金にできる(中小法人) | ◯ | 正しい(2027年3月31日までに開始する事業年度の特例)。加えて、1人あたり1万円以下の飲食費は、そもそも交際費から外せる(2024年4月以降の支出)。事業との関連を説明できることが前提。 |
| ④ | 1台40万円未満なら一括で損金にできる(年合計300万円まで) | ◯ | 正しい。令和8年度の税制改正で30万円未満から40万円未満に引き上げられた(2026年4月1日以後に取得したもの・2029年3月末まで)。青色申告の中小法人で、従業員400人以下が条件。ちょうど40万円は対象外で、償却資産税の申告対象にはなる。 |
| ⑤ | 通信費を経費にできる | ◯ | 正しい。個人契約のものは、業務で使った割合で按分する。 |
| ⑥ | 出張費・日当を経費にできる | ◯ | 正しい。むしろ控えめに書かれている。旅費規程に沿った適正な額の日当は、受け取る側で所得税がかからない(所得税法第9条)。 |
| ⑦ | 車を法人で持てる | ◯ | 正しい。私用分は按分する。私用が多いと、役員への給与とみなされることがある。 |
| ⑧ | AI・SaaS・書籍・セミナーも経費にできる | ◯ | 正しい。事業との関連が前提で、これは個人事業でも同じ。 |
| ⑨ | 家族に給与を払える | △ | 実際の仕事に見合う額なら損金になる。仕事の実態がない給与や相場より高い部分は否認される。家族を役員にすると、⑩の役員給与のルールもかかる。 |
| ⑩ | 自分の給料を自由に設計できる | △ | 「自由に」は言い過ぎ。役員報酬は原則として毎月同額(定期同額給与)で、改定できるのは期首から3か月以内。期の途中で利益を見て増減すると損金にならない。 |
| ⑪ | 法人に利益を残して再投資できる | × | 法人に残したお金はあなたのお金ではなく法人のお金。個人で使うには役員報酬か配当で取り出す必要があり、そこで再び課税される(配当なら法人税のあとに配当課税)。「出口」の税金が抜けている。 |
| ⑫ | 法人名義で融資を受けられる | △ | 可能。ただし設立直後で決算の実績がない法人は借りにくく、代表者の個人保証を求められることも多い。 |
| ⑬ | 役員退職金を受け取れる(数百万〜数千万円) | △ | 適正な額なら損金になり、受け取る側も退職所得控除と2分の1課税が使える。ただし役員としての勤続が5年以下だと2分の1課税は使えない(特定役員退職手当等)。高すぎる部分は損金にならない。 |
| ⑭ | 小規模企業共済に入れる(月1,000〜70,000円・全額所得控除) | ◯ | 正しい。ただし控除されるのは個人の所得税・住民税で、法人の経費ではない。個人事業のままでも入れる。 |
| ⑮ | 事業を育てて会社ごと売却できる | × | 節税や資産管理のためのマイクロ法人は、社長1人が回していて、社長がいないと何も残らない。買い手がつくのは、社長が抜けても売上が続く事業。「マイクロ法人だから売れる」わけではない。 |
| ⑯ | 個人の財布と分けて「資産を貯める箱」を持てる | ◯ | 口座を分けるのは正しい。ただ、⑪のとおり箱の中身を個人で使うときは課税される。 |
判定は、法令と公的機関・専門家の解説で確認できた範囲のもの。個々の状況にあてはめた判断ではありません。
抜けている1つめ:社会保険料
マイクロ法人が流行った一番の理由は、実は16項目のどこにも書かれていない社会保険料です。
フリーランスが国民健康保険と国民年金に入っている場合、国民健康保険料は所得が増えるほど上がります。一方、法人の役員として社会保険に入ると、保険料は役員報酬の額で決まります。役員報酬を低くすれば、保険料も低く抑えられます。
たとえば東京で役員報酬を月6万円台に設定した場合、健康保険・厚生年金・子ども子育て支援金を合わせた保険料は、会社負担と本人負担の合計で月2.2万円前後です【推定・協会けんぽ東京支部の令和8年度料率、40歳未満で試算】。国民年金の保険料だけで月17,920円(令和8年度)かかることと比べると、差の大きさが分かります。
ただし、注意点が2つあります。
- 会社員の副業では、この効果はほぼない。本業の会社ですでに社会保険に入っているからです。副業の法人から役員報酬を受け取ると、2つの会社の報酬を合算して保険料が決まり、むしろ負担が増えます(二以上事業所勤務)。会社員がマイクロ法人を作る場合は、役員報酬をゼロにする形がよく選ばれます。
- 保険料が低いぶん、将来の年金も少ない。厚生年金は払った分に応じて年金が決まる仕組みです。「保険料を下げる」ことは「将来の年金を下げる」ことでもあります。
また、勤務先の就業規則で「他社の役員への就任」を禁止・届出制にしているケースがあります。法人を作る前に確認してください。
抜けている2つめ:毎年の固定費
法人は、利益が出ても出なくても毎年お金がかかります。
- 法人住民税の均等割:赤字でも年7万円(資本金1,000万円以下・従業員50人以下の場合の標準額)。
- 税理士報酬・会計ソフト:自分で決算と申告をしないなら、年数十万円【推定・ひとり法人の決算申告のみで年20〜40万円程度が多い】。
- 設立費用:合同会社で約10万円、株式会社で約20〜25万円【推定・登録免許税と定款認証の費用】。
- 自分の時間:決算、法人税・消費税・地方税の申告、役員報酬の手続き、年1回以上の議事録など。
この固定費を、税率の差で取り戻せるかどうか。それが法人化の損益分岐です。下の計算ツールで、ご自分の数字を入れてみてください。