manufacturing / pillar guide
A-SEI-P02|初版 2026-10-11|改訂 2026-10-11
結論から書きます。「データを外に出さずにAIを使う」ための選択肢は、実務上3つに整理できます。①工場内・自社設備だけで動かすローカルLLM ②専用線や閉域ネットワークでクラウドのAIにつなぐ方法 ③ISMAPに登録された国内リージョンのクラウドを使う方法です。どれが正解というものではなく、守りたいデータの種類と、使いたいAIの性能のバランスで選ぶものです。政府がこの3つを公式に「段階」として名付けている文書は見当たらず[1]、本稿で使う「①→②→③と組み合わせて考える」という整理は編集部による整理【推定】であることを先に明記します。本稿は3つの選択肢それぞれについて、実在する製品・サービスの公式発表だけを根拠に、できることとできないことを整理します。
目次
生成AIを製造現場で使いたいという声が増える一方、守らなければならない情報も明確に定義されています。経済産業省は2019年に「サイバー・フィジカル・セキュリティ対策フレームワーク(CPSF)」を策定し、サプライチェーン全体でのデータの信頼性確保を三層構造で整理しました[2]。2022年には製造現場そのものを対象に「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」を公表し、情報整理→対策企画→実施の3ステップで、工場がどの情報をどう守るかを考える手順を示しています[3]。技術ノウハウ・図面・加工データは経産省が技術情報の代表例として挙げている対象です[4]。「AIに読ませたいが、外には出したくない」という工場の悩みは、この文脈の上にあります。
3つの選択肢のどれを選ぶ前に、やることは1つです。「このデータは外に出して良いか」を1件ずつ分けること。経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック」(令和6年2月改訂)は、法的保護の水準を超えた対策を取るべき情報の例として、公開前の設計図面のような「有用性」と「非公知性」を持つ情報を挙げています[5]。防衛関連の取引がある工場では、防衛省が整備した「防衛産業サイバーセキュリティ基準」が2023年4月から施行され、下請け企業も対象に、保護すべき情報(CUI)の管理体制を文書化する義務が生じています[6]。自社がどちらに当たるかで、AIの使い方の制約は大きく変わります。
最も堅い守り方は、AIのモデルそのものを自社の設備内に置いて動かすことです。2026年時点で、日本語に対応し国内企業が開発したモデルのうち、オンプレミス環境での動作を公式に案内しているものがいくつかあります。
向いているのは、図面や顧客情報など「絶対に外に出せない」データを扱う場面です。限界は、パラメータ数を絞った軽量モデルが中心のため、最新の大規模クラウドAIと比べると得意分野が狭いことと、サーバー機材の初期投資が必要なことです。製品ごとの違いは国産ローカルLLM一覧(A-SEI-12)で詳しく比較しています。
クラウドの大規模AIを使いたいが、インターネットを経由させたくない場合の選択肢です。通信事業者各社が、インターネットを経由しない専用の接続サービスを提供しています。
向いているのは、クラウドAIの性能を使いたいが「インターネットの出入り口」自体をなくしたい場合です。限界は、専用線や閉域網サービスの契約・工事が必要で、選択肢1より導入リードタイムが長くなりやすいことです。サービスの違いは閉域網でAIを使う(A-SEI-13)にまとめています。
政府機関が利用するクラウドサービスを評価・登録する制度が「ISMAP」(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)です。デジタル庁のガバメントクラウドは、ISMAPクラウドサービスリストに登録されたサービスから調達する方針で、2023年9月時点の対象はAWS・Google Cloud・Microsoft Azure・Oracle Cloud Infrastructure・さくらのクラウド(条件付き)の5社です[14]。Google Cloudは2024年7月31日、Vertex AI(生成AIサービス)のISMAP本登録完了を発表しました[15]。さくらインターネットも2021年12月、「さくらのクラウド」のISMAP登録を発表しています[16]。AWSはアジアパシフィック(大阪)リージョンを2021年3月に通常リージョンとして全面提供開始しており、東京リージョンとの平均レイテンシーは5〜8ミリ秒とされています[17]。
向いているのは、政府レベルの評価を受けたクラウド事業者という「お墨付き」を根拠にしたい場合や、複数拠点・多人数での利用規模が大きい場合です。限界は、ISMAP登録はクラウド事業者・サービス単位の評価であり、個別のデータの扱い方(どの情報を入力してよいか)は利用者側の社内ルール次第である点です。詳細は国内リージョンクラウドとISMAP(A-SEI-14)で扱います。
| 選択肢 | データの経路 | 向く場面 | 限界 |
|---|---|---|---|
| ①ローカルLLM | 工場内から物理的に出ない | 図面・顧客情報など最も機密性の高いデータ | 軽量モデル中心・機材投資が必要 |
| ②閉域網接続 | 専用線・閉域網を通る(インターネットを通らない) | クラウドAIの性能を使いたいが経路は閉じたい | 契約・工事のリードタイム |
| ③国内クラウド(ISMAP) | 公開クラウド(政府評価済み事業者) | 規模の大きい利用・お墨付きを根拠にしたい場合 | データの使い方は自社ルール次第 |
3つは互いに排他的ではありません。最も機密性の高い図面は①で処理し、議事録作成のような機密性の低い業務は③で済ませる、というデータの種類ごとの出し分けが現実的な設計です(この組み合わせの考え方自体は編集部の整理【推定】です)。
経済産業省とNEDOが実施した「GENIAC-PRIZE」(2025年公募・2026年3月24日表彰式)では、川崎重工業がNTTデータと共同開発した「熟練者の暗黙知を次世代へ継承するシステム」が「ユーザー変革賞」を受賞しました[18]。パナソニックHDはストックマークと共同開発した企業特化LLM「Panasonic-LLM-100b」を社内の工場・事業所にトライアル導入しています[19]。いずれも、データの置き場所(オンプレ・閉域・国内クラウドのいずれか)まで一次情報で明示されている事例ではなく、企業特化型・自社データ活用型のAIが実際に製造現場で使われ始めている動きとして紹介します。事例の詳細はGENIAC-PRIZE製造業AI活用事例(A-SEI-17)にまとめました。
おすすめの順番は3段です。①「秘密情報の保護ハンドブック」[5]やCPSF工場ガイドライン[3]の考え方を使って、自社のデータを「絶対に外に出せない」「条件付きで出せる」「出しても問題ない」の3段に仕分ける。②仕分けた結果に応じて、①②③のどれを使うか、または組み合わせるかを決める。③小さく試す。工場内のPCやサーバーでローカルLLMを動かす選択肢1は初期投資が相対的に軽く、最初の検証に向いています[8]。
データの機密度で決まります。図面・顧客の機密情報など最も守りたいデータは①ローカルLLM、クラウドAIの性能を使いたいが経路を閉じたい場合は②閉域網、規模が大きく政府評価済みの事業者を根拠にしたい場合は③国内クラウドが向きます。1つに絞らず、データの種類で出し分ける工場も現実にあります。
いいえ。政府がこの3分類そのものを公式に名付けている文書は確認できませんでした[1]。本稿の整理は、実在する製品・サービスの性質を編集部が分類したものです【推定】。
防衛関連の取引がある場合は特に関係します。防衛省の「防衛産業サイバーセキュリティ基準」は下請け企業も対象に含み、保護すべき情報の管理体制の文書化を求めています[6]。防衛関連でなくても、取引先からの機密保持契約の要求は多くの工場で現実の制約になり得ます。
本稿の各選択肢を深掘りした記事です。
データの機密度を仕分ける最初の一歩として、情報セキュリティの基本的な考え方を実務書で確認しておくと、AI導入の判断が速くなります。
Amazonで「企業の情報セキュリティ 実務」の本を探す →
楽天ブックスで「企業の情報セキュリティ 実務」の本を探す →
PR
最終更新: 2026-10-11|参照した一次情報: 19件|本記事の推定値には【推定】を明記しています|誤りのご指摘はお問い合わせへ。